賃貸アパートを所有している方が遺言を作成する場合、次のような希望を持つことがあります。
- 「長男に賃貸アパートを引き継がせたい」
- 「アパートの借入金も長男に返済してもらいたい」
- 「アパートを取得しない相続人に、借入金だけ負担させたくない」
このような場合、遺言書へ「アパートと借入金を長男に遺贈する」と書けば、すべて解決するように思われるかもしれません。
しかし、遺言によって財産の取得者を決めることと、金融機関に対する借入金の返済義務を変更することは別の問題です。
また、アパートを取得する人が法定相続人か、相続人以外の人か、包括遺贈か特定遺贈かによって、相続税の債務控除の取扱いも変わります。
遺言書を作成する際には、財産の分け方だけでなく、借入金を誰が負担し、相続税申告でどのように計算するかまで確認することが重要です。
包括遺贈とは
包括遺贈とは、遺産の全部または一定割合を指定して遺贈する方法です。
例えば、次のような遺言が該当します。
「遺言者は、所有する全財産を甲に遺贈する」
「遺言者は、所有する全財産の2分の1を甲に遺贈する」
包括遺贈を受ける人を「包括受遺者」といいます。
民法では、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するとされています。そのため、包括受遺者は、指定された割合に応じて預金や不動産などの財産だけでなく、借入金などの債務も承継する可能性があります。
相続税法上も、包括受遺者は、一定の要件の下で被相続人の債務を取得財産の価額から控除できます。
ただし、包括遺贈では、特定のアパートだけを単独で取得できるとは限りません。遺産全体に対する割合を取得するため、他の相続人や包括受遺者との遺産分割、債務の清算などが必要になることがあります。
特定遺贈とは
特定遺贈とは、遺産の中から特定の財産を指定して遺贈する方法です。
例えば、次のような遺言です。
「遺言者は、別紙物件目録記載の土地および建物を甲に遺贈する」
この場合、甲が取得するのは、遺言書に記載された特定の土地と建物です。
アパート、貸店舗、特定の預金、有価証券など、取得させたい財産が明確な場合には、特定遺贈が利用されます。
特定遺贈を受ける人を「特定受遺者」といいます。
特定受遺者は、包括受遺者とは異なり、原則として被相続人の債務を包括的に引き継ぐ立場ではありません。
そのため、相続人ではない特定受遺者については、相続税法第13条による通常の債務控除を原則として利用できません。
債務控除を利用できるのは相続人と包括受遺者
国税庁の相続税法教材では、相続税の債務控除を適用できる人を、原則として次の者と説明しています。
- 被相続人の相続人
- 包括受遺者
ここでいう相続人には、原則として相続を放棄した人や相続権を失った人は含まれません。
一方、相続人ではない人がアパートだけを特定遺贈により取得した場合、その人は特定受遺者であり、通常の債務控除を受けられる人には該当しません。
したがって、次のような遺言には注意が必要です。
「賃貸アパートを孫に遺贈する」
孫が法定相続人ではなく、アパートだけを特定遺贈により取得する場合、アパートに対応する借入金があるからといって、その借入金を当然に孫の取得財産から債務控除できるわけではありません。
借入金も特定受遺者に負担させたい場合
相続人ではない特定受遺者へアパートを遺贈し、同時に借入金も負担させたい場合には、「負担付遺贈」として設計する方法があります。
負担付遺贈とは、財産を遺贈する代わりに、受遺者へ一定の義務を負担させる遺贈です。
例えば、考え方としては次のような内容です。
「遺言者は、別紙物件目録記載の土地および建物を甲に遺贈する。ただし、甲は当該不動産に係る借入金を負担し、返済するものとする」
国税庁の相続税法基本通達11の2-7では、負担付遺贈により取得した財産の価額について、次のように取り扱うとしています。
負担がないものとした場合の財産の価額 - 相続開始時において確実と認められる負担額
つまり、通常の債務控除とは異なりますが、負担付遺贈として適切に成立していれば、特定受遺者が取得する財産の価額から、確実な負担額を控除して課税価格を計算できる可能性があります。
具体例で確認
次のケースを考えます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アパートの相続税評価額 | 8,000万円 |
| アパートに対応する借入金 | 5,000万円 |
| 受遺者 | 相続人ではない孫 |
| 遺言内容 | アパートを遺贈し、借入金を負担させる |
負担付遺贈として有効に成立し、相続開始時点で5,000万円の負担が確実と認められる場合、孫の取得財産の価額は、基本的には次のように計算することが考えられます。
8,000万円 - 5,000万円 = 3,000万円
この5,000万円は、相続税法第13条に基づく通常の「債務控除」というより、負担付遺贈により取得した財産自体の課税価額を計算する際に控除する負担額です。
同じ借入金について、他の相続人がさらに債務控除を受けると、二重に控除することになります。
相続税申告では、遺言書の内容、実際の債務負担、金融機関との契約関係を確認し、誰の課税価格に反映させるかを整理する必要があります。
※上記は制度を説明するための単純な計算例です。実際の課税価格は、土地・建物の評価、借地権割合、貸家建付地評価、敷金、未払費用、負担の内容などによって異なります。
「借入金を遺贈する」という表現には注意
財産は遺贈できますが、借入金について、遺言者と受遺者だけの意思で金融機関に対する債務者を自由に変更できるとは限りません。
遺言書に「借入金を孫に遺贈する」と記載しても、その記載だけで、相続人が金融機関に対する返済義務から当然に免除されるわけではありません。
借入金の債務者を変更し、従来の債務者や相続人を返済義務から外すには、金融機関による審査や承諾が必要になるのが通常です。
金融機関は、受遺者の収入、資産、返済能力、アパートの収支、担保価値などを確認します。
金融機関が債務の引受けを承諾しなければ、遺言書上は受遺者が返済を負担することになっていても、金融機関は法律上の債務者や相続人に返済を求める可能性があります。
遺言書の内部的な負担関係と、金融機関に対する外部的な返済義務は分けて考える必要があります。
抵当権が付いている場合
アパートの土地や建物に抵当権が設定されている場合、アパートを取得した人は、抵当権が付いた状態で不動産を取得するのが基本です。
しかし、抵当権が付いた不動産を取得したことと、借入金の債務者になることは同じではありません。
アパートの所有者と借入金の債務者が別の人になる可能性もあります。
返済が滞れば、金融機関は抵当権を実行し、アパートを競売する可能性があります。その一方で、借入金の残額については、契約上の債務者や保証人に請求することが考えられます。
そのため、アパートの所有権だけを特定遺贈し、借入金の処理を曖昧にすると、受遺者、相続人、金融機関の関係が複雑になります。
受遺者が法定相続人の場合
アパートを取得する人が長男などの法定相続人である場合には、相続人ではない特定受遺者とは取扱いが異なります。
法定相続人は、相続税法上、債務控除を適用できる者に該当します。
そのため、遺言によりアパートを取得し、そのアパートに対応する借入金を実際に負担する場合には、その負担に属する借入金について債務控除できる可能性があります。
ただし、法定相続人であっても、遺言書に「借入金は長男が負担する」と記載するだけで、他の相続人が金融機関に対する返済義務から当然に外れるわけではありません。
相続人間では長男が借入金を負担する合意があっても、金融機関との関係では、別途、債務引受けや契約変更が必要になることがあります。
相続税申告上の債務負担者と、金融機関に対する法律上の債務者が一致しているかを確認する必要があります。
相続人には「遺贈する」より「相続させる」ことも検討
アパートを取得させたい相手が法定相続人の場合には、「遺贈する」という表現ではなく、「相続させる」という遺言を用いることがあります。
例えば、次のような内容です。
「遺言者は、別紙物件目録記載の土地および建物を長男甲に相続させる」
さらに借入金について、長男に内部的な負担を求める場合には、その内容を明確に記載します。
ただし、「相続させる」と書けば借入金の債務者も自動的に長男だけになるという意味ではありません。
また、遺言書の文言によって、特定財産承継遺言、特定遺贈、負担付遺贈などの法的性質が変わる可能性があります。
文案は税務面だけで決めず、公証人、弁護士、司法書士などに確認することが重要です。
包括遺贈を選べばすべて解決するわけではない
相続人ではない孫などにアパートと借入金を引き継がせるため、包括遺贈を選ぶ方法も考えられます。
包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するとされ、相続税法上も債務控除を利用できる可能性があります。
しかし、包括遺贈には次のような注意点があります。
- 特定のアパートだけでなく、遺産全体に対する権利を取得する
- 指定割合に応じて他の債務も承継する可能性がある
- 他の相続人や包括受遺者との遺産分割が必要になることがある
- 想定していなかった債務を引き継ぐ可能性がある
- 遺贈を放棄する場合の手続きや期限に注意が必要
- 金融機関との債務者変更は別途必要になる
「債務控除を受けたい」という税務上の理由だけで包括遺贈を選ぶと、民法上は想定以上の権利義務を引き継ぐ可能性があります。
相続人以外への遺贈では相続税の2割加算にも注意
相続人ではない孫、兄弟姉妹、甥、姪、内縁関係の人などへアパートを遺贈すると、相続税額の2割加算の対象になる場合があります。
相続税の2割加算は、財産を取得した人が被相続人の配偶者または一親等の血族などに該当しない場合に適用されます。
孫についても、代襲相続人である場合などを除き、2割加算の対象となることがあります。
アパートの評価額から負担額を控除できたとしても、その後に計算された相続税額が2割加算される可能性があります。
誰にアパートを遺贈するかを検討する際には、債務控除だけでなく、2割加算、登録免許税、不動産取得税、将来の所得税なども含めた試算が必要です。
借入金とアパートが本当に対応しているか確認する
アパートを取得する人に借入金を負担させる場合には、その借入金が本当にアパートに対応するものかを確認します。
借入当初はアパート建築資金であっても、途中で借換えをしていたり、追加借入れが運転資金や別の不動産の取得に使われていたりすることがあります。
確認したい資料は次のとおりです。
- 金銭消費貸借契約書
- 借入金残高証明書
- 返済予定表
- 抵当権設定契約書
- 不動産の登記事項証明書
- アパート建築時の請負契約書
- 借入金の資金使途が分かる資料
- 借換え前後の契約書
- 賃貸借契約書
- 敷金や保証金の残高
- 修繕に関する未払金
- 固定資産税や公共料金の精算状況
遺言書に記載する借入金は、「○○銀行からの借入金」だけではなく、契約日、契約番号、当初借入額などを用いて特定することが望ましい場合があります。
ただし、遺言作成後に借換えや繰上返済を行うと、遺言書の記載と実際の借入金が一致しなくなる可能性があります。
遺言書を作成した後も、財産や借入金の状況に変化があれば、定期的に内容を見直す必要があります。
遺言作成前に金融機関へ相談する
借入金のあるアパートを遺贈する場合には、遺言書を完成させる前に、金融機関へ相談しておくことが重要です。
確認したいのは、主に次の事項です。
- 受遺者への債務引受けが可能か
- 受遺者に返済能力があると判断されるか
- 保証人の追加や変更が必要か
- 借入条件が変更される可能性があるか
- 所有権移転について事前承諾が必要か
- 団体信用生命保険などの適用があるか
- 相続発生後に提出する書類
- 借換えが必要になるか
金融機関の承諾を得られるか分からないまま遺言を作成すると、相続発生後にアパートの取得者が借入金を引き継げないことがあります。
その場合、アパートを取得した人と借入金を負担する相続人が別になり、相続人間のトラブルにつながる可能性があります。
遺言執行者を指定する
アパートや借入金を含む遺言では、名義変更、金融機関との交渉、賃貸管理会社への連絡など、多くの手続きが必要になります。
遺言書で遺言執行者を指定しておけば、遺言内容を実現するための手続きを進めやすくなります。
ただし、遺言執行者を指定しても、金融機関の承諾なしに借入金の債務者を変更できるわけではありません。
不動産、借入金、相続税申告が関係する場合には、遺言執行者、公証人、弁護士、司法書士、税理士、金融機関が連携できるように準備しておくことが理想です。
まとめ
包括遺贈では、包括受遺者が指定された割合に応じて財産と債務を承継する可能性があり、相続税法上も一定の債務控除を利用できます。
一方、相続人ではない特定受遺者は、通常の債務控除を原則として利用できません。
ただし、アパートを特定遺贈し、その借入金を負担させる負担付遺贈として適切に設計すれば、アパートの相続税評価額から、相続開始時点で確実と認められる負担額を控除できる可能性があります。
もっとも、遺言書に借入金の負担を書くだけで、金融機関に対する債務者が変更されるわけではありません。
遺言書を作成する際には、次の内容を一体で検討する必要があります。
- 包括遺贈か特定遺贈か
- 受遺者が法定相続人か相続人以外か
- 負担付遺贈として成立する文言か
- 借入金の負担額が確実か
- 金融機関が債務引受けを承諾するか
- 他の相続人側で借入金を二重に債務控除していないか
- 相続税の2割加算があるか
- 不動産の登記や取得税にどのような影響があるか
税理士法人アストラストでは、賃貸アパートの相続税評価、借入金の債務控除、包括遺贈・特定遺贈による税負担の比較など、遺言作成前の税務シミュレーションを行っています。
岡山県内で、借入金のある賃貸アパートを特定の相続人やお孫さんへ引き継がせたい方は、遺言書の文案を確定する前にご相談ください。
※本記事は令和8年7月20日現在の法令・国税庁公表資料に基づく一般的な説明です。負担付遺贈の法的効力、債務の承継、金融機関に対する返済義務、相続税の計算は、遺言書の文言、受遺者の立場、借入契約、金融機関の承諾などによって異なります。遺言書の作成は、公証人、弁護士、司法書士など法律の専門家にも確認してください。